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雑記2000 Archive

B'zのこと

(今回はちょっと真面目モード。)
B’zを聴くようになったのは、けっこう最近のこと。聴き始めたきっかけ・・・・。
それは友達が聴いていたから。
でも、その友達とB’zについて語り合うことはほとんど無かった・・・。

なぜなら、その友達は死んでしまったから。

気づいた時には、もう彼はいなかった。

彼の死を知ったのは、暑い夏の朝だった。
母からその知らせを聞いたとき、僕は部屋で一人で泣いた。いなくなって初めて気づく、彼の存在の大きさ・・・。
なんということか。もっと一緒に遊べば良かった。もっといろんな話をすれば良かった・・・。
でも、今さら何を思っても、彼は戻ってこない。死んだ人は帰ってこない。
自分はいったい、彼のために何かをしただろうかと、一人後悔していた。お通夜に行く途中、車の中でずっとB’zをかけていた。
せめて、彼の大好きだったB’zをかけて、送ってあげたかった。お通夜では、大事な一人息子を亡くした悲しみを押し隠し、
周りに気を配るご両親の姿が痛々しかった・・・。

帰りもB’zをずっと聴いていた。それから僕は、少しでも天国にいる彼に聞こえるようにと、B’zを聴き始めた。

そういう意味では、僕は純粋なファンではないのかもしれない。でも、聴いていくうちにだんだんとハマッテきた。彼は特に歌詞に共鳴していた。だから、僕も歌詞カードを見ながら、聴いていた。ライブにも行き、その時は必ず彼の写真を持っていった。少しずつだけど、彼の世界が見えてくるような、そんな思いを感じながら・・・。

毎年、夏になると、彼の家に行って、B’zのライブ土産を置いてくる。いつも、パンフレットくらいしか買えないけど・・・。単なる自己満足かもしれない。もし彼が今も生きていたなら、ライブに行き、グッズを買うだろうという単純な思いからでもある。 しかし、僕にとっては、これが精一杯の供養なのである。

明日も明後日も、天国でB’zの曲が流れますように。

始めのことばに代えて

好きな音楽家について

好きな音楽家としてずら~っと書き並べてしまいましたが、こうして見ると何でもいいのか!って感じに 思えてしまわれるかもしれません。

しかし、これでも高校時代はHR/HM一辺倒でしたし、中学の頃はフュージョンにはまってました(CASIOPEAとか)。

そして、14才の頃にドラムを始めたのですが、自己流で叩いていたので どうも上手くならない・・・。

そこでドラム教室に通い始めました。そしてある日、ラジオから流れてきた 音楽を聴いてものすごいショックをうけました。


コージー・パウエル

コージー・パウエルと聞いて分かる人はきっとドラマーかハードロック好きの人でしょう。
ある日ラジオから流れてきたコージーのドラミングを聴いて、私は一発でファンになってしまいました。

曲はホワイトスネイクの「ギャンブラー」でした。

ハードヒッターとして知られるコージーは、私の 心に「ドラムとはこうやって叩くんだ!」と説教しているかのようでした。

ズシリと重いバスドラム、ドライでいて抜けのいいスネア、ハードでしかも気持ちのいいシンバルの音・・・。

コージーの魅力は 一言では言い表せません。
そんなコージーを師匠と勝手に決めて、私は少しでも彼の音に近づこうと 練習を始めたのでした。


ドラム教室の先生

偶然にもドラム教室の先生もコージーのファンでした。レインボーのライブを見に行ったとか、コージーから直接もらったスティックなどを見せてくれました。

そんな先生を、いつしか私は

「ミニ・コージー」

と思って いたのは言うまでもありません。(笑)


ESPECIALLY FOR YOU

イングヴェイ・マルムスティーンの日本ツアーにコージーが参加する!そう聞いて私はなんとかして チケットを手にいれました。

そしてようやくコージーを生で見られる・・・そう信じていました。

しかし・・・。コージーは事故で帰らぬ人となってしまったのです。

コージーの代役のドラマーを見ながら、「あ~あ、何で事故ったんだよー」などと文句を言っていましたが(その時はバイク事故というだけで、死んだなんて知らなかった)雑誌で死亡記事を見たときは、本当にびっくりしました。

ESPECIALLY FOR YOUとはコージーの遺作となったソロアルバムのタイトルです。

コージーよ、永遠なれ!

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